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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1606号 判決 1984年7月24日

原告 水口哲

右訴訟代理人弁護士 入澤洋一

被告 岡三証券株式会社

右代表者代表取締役 加藤精一

右訴訟代理人弁護士 大江兵馬

同 大江忠

主文

一、被告は、原告に対し、金一二〇〇万二八〇〇円を支払え。

二、原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告に対し、別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。

2. 右株券引渡しの強制執行が不能となったときは、被告は、原告に対し、執行不能となった株券につき、別紙株券目録単価欄記載の金額にその株式数を乗じた金員を支払え。

3. 訴訟費用は、被告の負担とする。

4. 1及び2につき仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 主位的請求原因

(一)  原告は、訴外萬谷宏(以下、単に「萬谷」という。)に対し、次のとおり株券を寄託した(以下、各寄託契約を総称して「本件寄託契約」といい、寄託にかかる株券を「本件株券」という。)。

(1) 昭和五六年九月一〇日

別紙株券目録(以下、単に「目録」という。)(11)記載の株券

(2) 同月二一日

目録(4)記載の株券

(3) 昭和五六年一〇月二日

目録(1)記載の株券

(4) 同月二七日

目録(5)記載の株券

目録(6)記載の株券のうち一〇〇〇株

目録(7)記載の株券

目録(9)記載の株券

(5) 昭和五六年一一月二日

目録(6)記載の株券のうち五〇〇〇株

(6) 昭和五六年一二月三日

目録(2)記載の株券

(7) 同月七日

目録(10)記載の株券

(8) 同月一五日

目録(3)記載の株券

(9) 昭和五七年二月二二日以前

目録(8)記載の株券

(二)  被告は、本件寄託契約当時、萬谷に対し、被告のために株券の寄託を受ける代理権を与えており、萬谷は、被告のためにすることを示して、原告との間に本件寄託契約を締結した。

なお、萬谷は、後記2の(三)のとおり、本件寄託契約当時、有価証券の売買等を業とする会社である被告の総合営業企画室課長代理の地位にあったものであり、同人に右代理権があったことは明らかである。

2. 予備的請求原因

(一)  1の(一)(株券の寄託)と同じ

(二)  萬谷は、昭和五七年八月一日までの間に、原告から寄託を受けた本件株券を他に処分してこれを横領し、この結果、原告は、本件株券の所有権・本件株券上の権利(株式)を失った。

(三)  被告は、有価証券の売買、同売買の媒介・取次及び代理、有価証券市場における売買取引の委託の媒介・取次及び代理、有価証券の貸借・保護預り等の業務を目的とする会社であり、昭和五六年九月から昭和五七年八月までの間、萬谷を総合営業企画室課長代理等として雇傭していた。

(四)  萬谷の前記不法行為は、被告の右事業の執行につきなされたものである。

3. まとめ

よって、原告は、被告に対し、主位的に寄託契約に基づく返還請求権に基づき、予備的に民法七一五条一項の損害賠償請求権に基づき、目録記載の各株券を引き渡すことを求めるとともに、右引渡しの強制執行不能のときは、執行不能の株券につき目録単価欄記載の金額にその株式数を乗じた金員を支払うことを求める。

二、請求の原因に対する認否

1.(一) 請求の原因1の(一)の事実はいずれも知らない。ただし、目録記載の各株式の価格が目録単価欄記載の額であることは認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

仮に原告が萬谷に本件株券を寄託したとしても、それは両者間の株式管理委託契約に基づくものである。

2.(一) 請求の原因2の(一)に対する認否は、請求の原因1の(一)に対する認否と同じ。

(二) 請求の原因2の(二)の事実は知らない。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)は争う。

仮に萬谷の本件株券の受託が外形的に被告の事業の範囲内に属すると認められるとしても、これは萬谷の職務権限内で適法に行なわれたものではなく、原告は、後記三記載の事実に照らせば、右事実を知っていたか又は知らなかったことにつき重大な過失があったというべきであるから、民法七一五条に基づき被告に対し損害の賠償を求めることはできない。

三、抗弁

原告は、萬谷に本件株券を寄託するにあたり同人から同人個人名で作成された預り書等を受領しており、また、被告から、本件株券中被告に委託して買い付けたものにつき「有価証券または金銭を証券会社にお預けになるときは、その証券会社の正式の預り証を必ずお受け取り下さい」と注記された売買報告書の送付を受け、昭和五六年一二月及び昭和五七年六月には、預り残高が存在しない旨の通知を受けた。

右事実に照らせば、萬谷の本件株券の横領につき原告に過失があったことは明らかであり、損害賠償額の算定にあたっては右過失をしんしゃくすべきである。

四、抗弁に対する認否

萬谷から同人名の預り書等を受領したこと及び被告から売買報告書の送付を受けたことは認めるが、その余は争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、寄託契約に基づく請求についての判断

<証拠>によれば請求の原因1の(一)(萬谷に対する株券寄託)の各事実を認めることができる。

そこで、本件寄託契約にあたり、萬谷に被告のためにする意思及び顕名があったか否かはひとまず措き、同人が被告のために右契約を締結する代理権を有していたか否かにつき判断すると、被告が有価証券の売買、保護預り等の業務を目的とする会社であり、本件寄託契約当時、萬谷が被告会社の総合営業企画室の課長代理であったことについては当事者間に争いがないが、<証拠>によれば、顧客からの株式売買の受注、その受渡し、株券保管の受託等は右総合営業企画室の担当業務ではなかったことが認められるから、右争いのない事実から被告の萬谷に対する前記代理権の授与を推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

従って、寄託契約に基づく請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。

二、使用者責任に基づく請求についての判断

1. 萬谷の不法行為について

請求の原因2の(一)の事実が認められることは前記一のとおりであり、<証拠>によれば、同(二)(株券の横領)の事実を認めることができる。

2. 被告の責任について

請求の原因2の(三)(被告の業務、萬谷の地位)の事実については当事者間に争いがなく、<証拠>によれば次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

すなわち、原告は、昭和五五年の末に父の死亡により株式を相続し、その名義書替・住所の変更の手続、管理等の必要に迫られていたところ、昭和五六年八月、知人から証券会社である被告の課長代理をしている萬谷を紹介された。そこで原告が被告会社の本店内で萬谷に面会し、同人に右事情を告げたところ、同人は原告のために右諸手続や株式の管理を行うことを承諾し、諸手続は被告会社の社員を使って行う旨告げた。右面談の際、萬谷は、被告会社の総合営業企画室課長代理の肩書を付した名刺を原告に手交した。そして、萬谷は、右委託に基づき、原告の株式の名義書替・住所変更等の手続をとる一方、株式の銘柄診断を行い、原告から株券の寄託を受けて株式の整理をしたが、その間、同人と原告との間の書類の授受等は、ほとんど被告会社本店又はその附近の飲食店で行われた。本件株券の寄託は、右のような原告と萬谷の関係の中で行われたものであり、原告は、萬谷には被告のために右寄託を受ける権限があり、右寄託はすべて証券会社である被告に対してなされたものと理解していた。

以上のとおりであり、これらの事実を総合考慮すると、萬谷が原告から本件株券の寄託を受けた行為は、被告の前記業務の執行としての外形を有していたとみるべきであり、従って、萬谷の前記1の不法行為は、被告の事業の執行につきなされたものというべきである。

もっとも、萬谷が被告のために株券の寄託を受ける代理権を有していたと認められないことは前記一で判断のとおりであり、<証拠>によれば、萬谷が原告に交付した株券の預り書等は、すべて萬谷個人名で作成されていること、被告が買付を受託した株式につき原告に送付した売買報告書には、有価証券を証券会社に預ける場合は必ず証券会社の正式の預り証を受け取るべき旨の注記がなされていること、被告は、昭和五六年一二月及び昭和五七年六月の二回にわたり、原告に対し、株式の預り残高が存しない旨の通知をしていること、以上の事実が認められ、右諸事実に照らせば、原告が、前記のように、萬谷に代理権限があり、本件株券は被告に寄託されたものと考えていたことについて、原告に過失があることは明らかである。しかしながら、前記認定の、原告と萬谷の面談及び書類の授受等のほとんどが被告会社本店内又はその附近でなされている事実等に加え、<証拠>により認められる次の事実、すなわち、原告は株式の取引については全く経験がなく、証券会社である被告とその課長代理である萬谷に全幅の信頼を置いていたこと、及び、萬谷は、前記株券の預り書等を、被告会社本店内で被告会社の用箋を用いて作成して原告に交付したことを併せ考慮すれば、原告の前記過失は、萬谷の前記不法行為が被告の事業の執行につきなされたものと判断するのを妨げるほど重大なものということはできない。

他に右判断を左右するに足りる証拠はなく、従って、被告は、萬谷の前記1の不法行為につき、民法七一五条一項に基づき原告に対しその損害を賠償する義務を負う。

3. 損害について

原告は、民法七一五条一項に基づく損害賠償請求として、株券による現物賠償を求めるが、不法行為に基づく損害賠償は、特段の定めがない限り金銭賠償の方法によるべきであるから、右請求は失当である。しかしながら、原告が右現物賠償の請求に併せて、株券引渡しの執行不能の場合の価額賠償を請求していることに徴すれば、原告の請求には、右価額による現在の金銭賠償請求を含むものと解されるところ、本件株券の株式単価が目録単価欄記載の金額であることについては当事者間に争いがないから、原告は、萬谷の前記不法行為により、目録末尾記載の合計三〇〇〇万七〇〇〇円の損害を受けたというべきである。

4. 過失相殺について

萬谷の前記不法行為に関し、原告にも過失があったと認められることは前記2で判断のとおりであり、前記認定事実に照らせば、右3の損害についての原告の過失割合は六割とみるのが相当である。

よって前記三〇〇〇万七〇〇〇円から右割合を控除すると残額は一二〇〇万二八〇〇円となる。

三、結論

以上の次第により、原告の請求は、被告に対し民法七一五条一項に基づく損害賠償として一二〇〇万二八〇〇円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木健太)

<以下省略>

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